マリオン・イングラム『戦禍の中で』『平和の下で』(寺田由美、北美幸他訳、小鳥遊書房)

ナチス政権下のドイツでホロコーストと空襲を生き延び、戦後アメリカに渡って公民権活動家となった女性の自伝。
個人的には公民権運動に関して不勉強だったのですが、読みやすい語り口と注も親切で、予備知識がなくとも読み進められました。戦争や人種差別の問題、BLM運動などについてこれから知りたい方にもおすすめです。
毅然と生きたユダヤ人の母、公民権運動に身を投じる黒人の仲間たち。この本には周囲の人々の魅力的な人柄を伝える文章がたくさん出てきます。それは歴史を俯瞰的に学びたい場合には不要かもしれないエピソードですが、差別を克服する上で大きな助けとなるように思います。

2020年の収穫増補版③兼本浩祐『発達障害の内側から見た世界』(講談社選書メチエ)


「講談社選書メチエ=レポートの参考文献」というイメージがあるのは私だけではないはず。この『発達障害の内側から見た世界』はレポートがなくても読みたい一冊です。
精神科医である著者が自分自身も発達障害を持っていることに気づくところから本書は始まります。カミングアウトした時の相手の反応を見ていると、自分の多様な面が抜け落ちて、障害だけが前景化されている。そのことへの違和感から、人間の認識のメカニズムへの考察が始まります。
カントやベルクソンなどの西洋哲学の認識論を援用しながらも、例えが茹で卵や出川哲朗だったりと、いろんな意味で面白い読み物です。
「突き詰めれば誰一人多数者はいない、誰もが実は少数者なのだ」という著者。少数者として生きていると思っている人も、そうでない人も、みんなが自分に通じるものをこの本の中に見つけられるはず。