『ヒューマン・コメディ』ウィリアム・サローヤン

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『ヒューマン・コメディ』ウィリアム・サローヤン(小川敏子訳、光文社古典新訳文庫)

「悲しいときほど、人に優しく。」
今、こんなにシンプルで、こんなにも私たちを惹きつける帯があるでしょうか。
実はこの帯は以前からのもの。
サローヤンの作品の美学が端的に表された言葉だと思います。

第二次世界大戦中に刊行されたこの作品は、その時代を生きる一つの家族と、彼らが出会う人々とのふれあいを描いたもの。

末っ子(後に4歳と判明)が汽車に手を振り続けていると、中からたった一人、黒人の男性が手を振り返してくれた———
冒頭で、他愛のない交流が、4歳の子どもの眼差しを介して実に鮮やかに描き出されています。知らない人が知らない人のために優しくすること、そしてそれを大切な思い出として刻んでゆくこと。この交流は些細であるがゆえに一層美しいように思われます。『ヒューマン・コメディ』はそんなささやかな優しさと誠実さが、ひたすらに重ねられていく物語です。

誰かの優しさのありがたみは、悲しいかな、自分の不幸の大きさに比例している。
そして自分が不幸な時、誰かに優しくするか、誰か嫌がらせをするかで、自分の人間性は決まってしまう。
サローヤンの代表作『僕の名はアラム』は幸せな子供時代を振り返った自伝的な作品だと旧訳を読んで思っていました。しかし新訳のあとがきで柴田元幸氏がそうではないと書いていて、古典新訳文庫のサローヤンの年譜を見たら、かなり悲壮な一生だったよう。彼は優しさの重みを知り尽くして、「真実」ではなく「真実であるべき」物語を編み上げたのでしょう。

「悲しいときほど、人に優しく」。悲しみに、邪悪な思いに負けそうになったら、手にとってみてください。