数人で読む外国文学2020⑤藤枝大さん

選書テーマ【場所からはじまる 〜ジュンク堂書店福岡店で買った5冊〜】

藤枝大 福岡の出版社・書肆侃侃房にて営業・編集を担当。書肆侃侃房では、福岡は天神に、海外文学と短歌、詩、俳句に特化した本屋「本のあるところajiro」をオープン。藤枝さんは書籍の仕入れ、イベントを担当。『数人で読む外国文学』では、ソナミさんと共に2回目の登場ですが、最近はさらにパワーアップされた印象です。(ジュンク堂書店福岡店担当者)

アントーニオ・スクラーティ『私たちの生涯の最良の時』望月紀子訳(青土社)
ファシズムが台頭する時代、レオーネ・ギンツブルグはチェーザレ・パヴェーゼらとともに出版社「エイナウディ社」を率いていく。1943年7月、焼夷弾によって社屋が爆破されるが、一週間後には分散してあちこちで仕事を再開。8月に再び爆弾を職場に落とされるが、瓦礫のなかに出社し、机にたまった漆喰を取りはらって校正刷りの見直しをはじめたという。「テキストを守ることが人間の尊厳を守ること」という言葉も印象的な、一つの出版史でもある。(藤枝)

W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』鈴木仁子訳(白水社)
アウステルリッツにとってドイツとは何だったのだろう? 建築史家の主人公は「私」に饒舌に物語る。ただ、男は孤独であり、尽きることのない悲しみに覆われている。同じ場所に留まることはできず、かといってどこまで移動しても苦悩は癒えることがない。すぐに解決する問題ではない。その重みと同一視することはできないが、われわれ誰しもがある種の存在の不安を抱えているのではないだろうか。唯一無二の、抑制された傑作。(藤枝)

ペーター・ハントケ『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの……』羽白幸雄訳(三修社)
驚くほどむちゃくちゃだ。サッカーの元ゴールキーパーが主人公だが、その内面は描かれず、物理的な出来事によってのみ物語が成り立つ。とつぜん人も殺す。読者は不安にさいなまれながら、動きを追っていくことしかできない。ただ原理は一貫しているから、身を任せていると中毒になる。著者の初期の無秩序な傑作で、作家自身をモデルにしたような味わい深い後期の作品とはちがった良さがある。(藤枝)

サマル・ヤズベク『無の国の門』柳谷あゆみ訳(白水社)
「ただ、無を見つめている。私が、国境の向こうに残してきた無を」という言葉で本は終わる。シリアの作家/ジャーナリストによる本書は、アラブの春を受けて一時盛り上がったかに見えたシリア革命が、アサド政権による妨害などもあって迷走し、内戦へと向かうなかで書かれた。願った革命は果たされず、その頓挫による喪失は大きかった。後半にいくにしたがって、記録とは別様の文学の枠組みが立ち上がる。柳谷あゆみさんの翻訳がすばらしい。同訳者による、乾いたユーモアが印象的な『酸っぱいブドウ/はりねずみ』(ザカリーヤー・ターミル)も好著です。(藤枝)

ヴァージニア・ウルフ『幕間』(片山亜紀訳、平凡社)
第二次世界大戦の前夜、とあるイギリスの片田舎で野外劇が催される。英国の歴史をたどる壮大なものだ。その前段、屋敷に次第に集いだす人たちの心理描写は、相互に矢印が入り乱れてたのしい。戦争になればこの円環構造とも言える日常は、もうやってこないかもしれない。あくまで束の間の盛り上がりなのだ。不穏な時代の空気のなか、ウルフの遺作はどこへ向かうのか。見届けてほしい。(藤枝)

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