数人で読む外国文学2020②ソナミアラエさん

選書テーマ【ジュンク堂書店福岡店の棚で見た本たち】

以前観たイラン映画に、扉を持ち歩く男が出て来ました。彼が何故扉を持ち歩いているのかは忘れてしまったけれど、何も無い平野にぽんと置かれた扉は、何だか神秘的で、そこだけ別の世界に繋がっているような不思議さがありました。その印象は、日本の鳥居に似ています。
旧約聖書に現れるバベルは、混乱(バラル)を生じた塔ですが、レイヤードの時代でも、中東の人々はそれをバーブ・イル
神の門)と記憶していたそうです。ヘロドトスは、ジックラトには金属の球体が奉られていたと記録していますが、天から轟音と共に到来する落雷、バビロニアの神々が雷と共にその門から来たるのだという考えは、胸高鳴らしめるものがあります。書物は門扉に似ています。自由に開くことが出来るし、開かない自由もある。異なる言語、文化、歴史だとか、とにかく身近でないものたちとの出会いがあり、雷に打たれるような(比喩です)衝撃、好奇心の疼きがあります。哀しみがあります。翻訳はそうした私の衝動に翼を与えてくれます。旅をするための足を与えてくれます。大切な友人です。愛を込めて。ソナミアラエ

ソナミアラエ/福岡在住のジュンク堂ヘビーユーザー。ジュンク堂書店福岡店で購入した海外文学書の数は膨大。
文学作品と映像を自然に結びつけ、うまく目の前の言葉にされるのがソナミ先生の文章の特徴です。映画をたくさん見ていたらそういうことになる?いいえ、違います。ソナミ先生はまなこじたいが、映画のスクリーンと同じようなつくりになっているのだと思います。映画マニアではなく、映画そのものが呼吸し、天神の町を歩いているのです。「傷だらけの天使」に、「指輪なんかより靴がいいだろ。誰でも履いてるしよ」というしびれる台詞があって、見るたびに、なんてソナミ的なのかしら!と思います。(ジュンク堂書店福岡店担当者)

オタ・パヴェル『ボスニアの森と川 そして魚たちとぼく』菅寿美/中村和博訳(未知谷)
『美しき鹿の死』の作者としてご記憶の方も多いかと思います。42歳で亡くなったパヴェル、その翌年(1974)に出版されたチェコ語(Čeština)の作品。
幼年期から晩年に至るまでの魚釣りの記憶。それに付随する様々な出来事が、自由な心象と交ざり合って、表情を変えながら流れ続けていく川のよう。(ソナミ)

マルグリット・デュラス『ヒロシマ・モナムール』工藤庸子訳(河出書房新社)
アラン・レネ『二十四時間の情事 (Hiroshima mon amour)』のブルーレイ廉価版が発売されたので。本書はその映画脚本として書かれたもの。
映画冒頭、冒瀆的な場面だなと感じた箇所があって、それをデュラス自身が確然と筆にしていました。本と映画それぞれが、一方の印象を決定的に変えると思います。(ソナミ)

セラハッティン・デミルタシュ『セヘルが見なかった夜明け』鈴木麻矢訳(早川書房
ザザキ語、クルド語も話す著者による、トルコ語(Türkçe)で書かれた短編集。12篇の物語が驚く程違った印象を与えて来るので、沈んだり揚がったりしている間に、今という事を深く考え始めていました。中でもお気に入りの話は、『知った顔すんなってば  Bildiğiniz Gibi Değil』です。
(ソナミ)

ジョゼフ・チャプスキ『収容所のプルースト』岩津航訳(共和国)
モスクワの北東に位置するグリャーゾヴェツ(Грязовец)の収容所内で、1940年から囚人間で行われた、ポーランド人将校で画家だった著者によるプルースト講義。「わたしが多くを負っていた作品の思い出として」との語り出しに、アンジェイ・ヷイダ『戦いのあとの風景』のボロフスキーを重ね見てしまいます。(ソナミ)

ギョルゲ・ササルマン『方形の円 偽説・都市生成論』住谷春也訳(東京創元社)
ボルヘスは架空の存在を蒐めて『幻獣辞典』を編みました。対して本書は、様々な架空都市のurbogonie(都市生成論)として、ルーマニア語(Română)で書かれました。また本書は、ゲオルギウや多くのルーマニア文学が経験した、1冊の書物となるまでの長い歳月の物語でもあると思います。(ソナミ)