数人で読む外国文学2020⑩小野菜都美

選書テーマ【忘れない】

小野菜都美 「人生の伴侶となる本と出会える場所」を目指し、北九州若松区に『ルリユール書店』を設立。(現在は予約制にて営業されています)


ルリユールの語源、もう一度結ぶ、が示すように、繰り返し読まれる本を提供したい、と、ルリユール書店さんのHPには書かれています。
小野さんの、誠実で他人のことを思いやるお人柄と、意志を感じる力強い文章に魅了され、この度依頼をさせていただきました。選書の文章を読んでいると、小野さんがあらゆる土地の環境や、そこに暮らす人々にまで常に思いを巡らされている様子が伝わってきます。(ジュンク堂書店福岡店担当者)

エトガル・ケレット『あの素晴らしき七年』秋元孝文訳(新潮社)
イスラエルを正しく理解していると言える日本人はどれくらいいるだろう。こうした理解の困難は、時に人を理解から更に遠ざけてしまう。彼の作品はそんな隔たりを一足で飛び越え、私達の隣に座って話しかけてくる。そして私たちは異文化の中に共感を見出すのだ。これこそ外国文学の力。本書収録の「ジャム」は21世紀の名作と思う。(小野)

ローラン・ビネ『HHhH −−−プラハ、1942年』高橋啓訳(東京創元社)
フランスの研究者ビネが、第二次世界大戦時のチェコスロヴァキアによる対独運動について書いた「本」。これは「歴史小説」であることを拒み、歴史を語ることの困難にのたうち回りながら、それでも語り伝えようとする試みの軌跡である。歴史を都合よく歪める本が現代をさらに歪ませる今、この本のためらいを見て欲しい。(小野)

ハンス・ファラダ『ベルリンに一人死す』赤根洋子訳(みすず書房)
ナチス政権下を生きた作家が、実在したレジスタンスの夫婦の活動を元に、あえて資料を調べ上げることなく終戦直後に書き上げた遺作。今日、史実に虚構を交える行為は危険だが、ここではむしろ虚構であるはずの台詞や語りに作者の魂が宿り、それがこの小説を偉大なものにしている。歴史に対する物語の根源的な力を秘めた作品。(小野)

エマニュエル・ボーヴ『きみのいもうと』渋谷豊訳(白水社)
文学史が黙殺しようとも読者が絶えず、もうすぐデビュー100周年。翻訳家二人が「ノーベル賞作家」になろうとも、本人はただの「ダメ男小説の人」。権威ではなく作品による心の交流だけで読み継がれてきたボーヴは、読者と最も幸福な関係を築いた作家の一人だろう。本作は彼の、生まれたての人間の様な眼差しに満ちた一冊。(小野)

マルセル・エーメ『エーメ ショートセレクション 壁抜け男』平岡敦訳(理論社)
奇想天外、抱腹絶倒、そんな言葉が似合う作家だが、彼の作品が親しまれてきた理由はもっと別のところにある気がする。子どもや蔑まれてきた人々を丁寧に描き、時に願いにも似た結末を用意する。己の文学的才能を彼らに捧げたようなその描写に泣いてしまう。邦訳が途絶え、忘れられるかと思っていた折、新訳が出て嬉しい。(小野)